• 外来種問題
  •  本会では、アライグマの譲渡を事業の一つとして行なっています。現在、アライグマは「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」により国内での野生繁殖個体の根絶(防除)が目標になっている哺乳類のひとつです。

     この法律の第4条では、「飼養等の禁止」が明記されており、飼育を行なうには「学術研究の目的その他主務省令で定める目的で特定外来生物の飼養等をしようとする者は、主務大臣の許可を受けなければならない」とされています。つまり、幼獣を拾っても、勝手に飼ってはいけないのです。しかし、野生からの根絶(防除)が、全て「殺処分」である必要はなく、不妊去勢手術を施し適正に管理ができれば飼育の許可が与えられるべきです。

     法の施行当時、本会の主張を環境省が理解してくださり、駆除の一環として「引取り飼育」という枠を設定してくださいました。この「引取り飼育」を行なうには、環境省から引取り飼育許可を得るだけでなく、各自治体で策定する計画(神奈川県では「アライグマ防除実施計画」)において、捕獲個体の譲渡し要件が定めていなければ譲渡してもらうことができません。 どこまでも狭き門ですが、かろうじてアライグマにも殺される以外の道があります。

  • 外来生物とは?
  •  外来生物とは簡単に言えば「他の場所から持ち込まれた動物や植物」を指します。通常は外国から日本に輸入されたり、荷物に紛れて入ってきたりする動植物を指しますが、国内の動植物の移動も入りますし、同じ種類であっても遺伝子レベルでは外来生物になります。但し、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」では海外から持ち込まれたものに限っています。

     外来生物(外来種)という言葉が定着したのは、平成16年(2004年)に「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(以下、外来生物法)」が可決成立してからになります。平成12年(2000年)頃までは、その土地に生息していなかった動植物が新しく入り込んで、土地に定着すると「帰化動物」「帰化植物」と呼んでいました。つまり、長い長い間、新たな動物や植物が入り込むことに対して何の懸念もなく、勿論、規制もなく、逆に資源を増やす為や害虫害獣駆除対策の為に輸入し、野外で繁殖したものを「帰化」と言う言葉で受け入れてきました。

     例えば、特定外来生物となっているジャワマングース・ウシガエル・アメリカザリガニは、動物学者渡瀬庄三郎が日本に持ち込み、1910年にジャワマングースをハブやネズミ対策として沖縄に放獣、実験用にウシガエルを輸入し、その餌としてアメリカザリガニも日本に来ています。渡瀬庄三郎氏は幕末に生まれ、昭和4年に亡くなっている動物学者です。発光体の研究もされておりホタルイカの命名者でもあります。余談ですが、天然記念物法の発令にも尽力していた研究者が持ち込んだ動物が、在来種を危機にさらしてしまったことは、皮肉としか言いようがありません。

     同じく特定外来生物に指定されているブルーギルは、1960年に今上天皇が皇太子の頃にアメリカから持ち帰り、水産試験場で繁殖し1966年に一碧湖(静岡県)に放流されました(注1)。現在、日本全国で繁殖しているブルーギルが、その個体からと言うことが平成21年(2009年)にDNA解析結果により判明しています。(参考文献:ブルーギルの由来と分布拡大・三重大学生物資源学部 河村功一准教授)そして、日本には希少動物を守るワシントン条約以外には、動物の輸入を禁ずる法律が全くないまま、ペットとして多種多様な動物の輸入大国と化して行きます。

     現在、特定外来生物の中で全国的に注目をされているアライグマは1960年に動物園から逃げたことやペットとして飼われていたものが捨てられたことで、野外繁殖がはじまったと言われています。そして野生化したアライグマは「帰化動物」として扱われてきました。それが突然、平成15年(2003年)に、輸入は元より、飼育の禁止、野生で繁殖しているものは根絶、違反者には罰金1億円まで課せられるという内容の外来生物法案が提示され、平成16年(2004年)に施行されました。

    (注1)<ブルーギル放流記念碑>碑文 :昭和41年一碧湖に初めて放流された6千余匹のブルーギルは去る35年皇太子殿下が米国から持ち帰られたブルーギルの孫に当たります。 釣することがめまぐるしい文明の世にあって人と自然との対話に役立つとしたら遊漁資源を開発し釣環境を文明の破壊から守ることにも積極的な意義が認められるべきでありましょう。伊東市 水産庁淡水区水産研究所 東レ株式会社 の三者協力の下に三ヶ年漸く実を結んだこの放流事業がゲームフィッシュ愛護運動に対する釣人はじめ有識者の関心を強める機縁となれば誠に幸です。
    昭和44年4月
    ブルーギル記念碑建立に際して 関係者一同

  • 外来生物法の制定
  •  この法律の施行前後、外来種と呼ばれる動物を飼ったり、植物を栽培している人達は、寝耳に水のような内容に震撼しました。では、なぜ、急にこのような法律ができたのでしょう。

     実は突然出てきた話しではなく、その発端は1987年に遡ります。国際自然保護連合の要請を受け国連環境計画が「特定の生息地のみを対象とするのではなく、野生生物保護の枠組みを広げ、地球上の生物の多様性を包括的に保全すること」を目的とした「生物多様性に関する条約(以下、生物多様性条約)」の準備を開始したのです。そして、1992年に調印式が行なわれ、日本は18番目の締約国となっています。1995年に日本は「生物多様性国家戦略」を策定しているのですが、一体国民の何%がこのことを知っていたでしょう。つまり、一部の研究者や専門家と政府の間で進められ、市民への周知はされず、教育への盛り込みもないまま年月が過ぎたと言えます。国民が知らない間に政府が決めてしまう事柄は多々ありますが、これもその一つと言えるでしょう。

     確かに、生物多様性条約の地球全体の生物の保全という考え方には賛同しますし、条約の基準に書かれた外来生物への段階的な対応などには納得ができます。しかし、日本では条約締結後に、その考えに沿った対応を政府は何も行なってこなかったと言って過言ではないでしょう。条約締結はしたものの国内繁殖が問題視されている動物の輸入に規制がかかる訳でもなく、市民が分かる変化は何もありませんでした。当時は、ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)やブラックバスの繁殖や時折捨てられたカミツキガメなどが話題に上るくらいだったと記憶しています。少なくとも国として、広報に力を入れるという姿勢は全く見られませんでした。

     放置状態だった外来生物問題が、突然動き出した要因は「アライグマ」でしょう。神奈川県は1999年に横須賀三浦地区と鎌倉市がアライグマとタイワンリスの繁殖を問題としたシンポジウムを開催しました。その時点ではまだ「外来生物(種)」ではなく「帰化動物」でした。まだ、神奈川県でのアライグマ捕獲が年間5頭程度の頃です。2000年を境に、アライグマの目撃や家屋被害などが聞かれるようになり、その頃からアライグマは帰化動物として在来種と同様の扱いから、被害対策や在来種保護の為に野外に放つべきものではない、根絶すべきという方向に変わりました。

     それまでは、神奈川県自然保護センター(現、神奈川県自然環境保全センター)で傷病保護したアライグマは治療後放獣対象でしたが、放獣すべきでないことから本会で引取り、不妊去勢手術後に譲渡を行なう事業が積極的に始まりました。そして、その頃から「帰化動物」という言葉がタブーとなり、「移入種」「外来種」さらに「侵略的外来種」という呼び名に至りました。ミドリガメやブラックバスの繁殖は水面下の出来事なので人目に触れることがなく市民の関心はあまり向きませんし、タイワンリスのような小さな動物で、主に農業被害・樹木被害といった特定の場所の被害も世間一般には広がり難いものです。しかし、アライグマの場合は、猫や小型犬よりも大きく、目立つ色と体型であることや、家の屋根裏に住み着き子供を産み家屋に被害をもたらし苦情が増えたこと、そして極度に臆病な動物ゆえ、画面に映る威嚇行動は市民に恐怖感をもたらしました。このような背景をもって「外来生物法」が一気に制定されていったように思います。

  • 外来生物はなぜ排除すべきか
  •  では、外来生物は排除しなければいけないと言われているのは何故でしょうか?「生態系(一定の区域に存在する生物と、それを取り巻く環境)を破壊する」ということが、その理由です。外来生物の場合、その地域に生息していなかった動植物が入り込んで繁殖をすることで、元々生息していた動植物が生きられなくなり、生態系のバランスが崩れてしまうことや雑種となり地域固有の種がいなくなること、農作物への被害が問題となります。

    それならば、少なくともペットとして輸入される哺乳類は、不妊去勢手術など繁殖不能措置を施したものに限れば問題は起こらないはずですが、そのような規定は今もありません。しかしながら、生態系に被害を及ぼすものは、何も外来生物に限ったことではなく、森林の伐採・針葉樹の植林、汚水や化学物質の河川・海洋汚染、道路や住宅・リゾート開発などなど数え切れないほどありますし、人の生活に被害を及ぼせば在来種であろうと害獣として駆除されます。外来生物の問題の時には、あたかも外来種がいなくなれば在来種が守れるかのように聞こえますが、そのように簡単な問題ではありません。

    海外では、1976年にイギリスでは絶滅の恐れのある種の輸出入規制の法律ができ、1978年にはガラパゴス諸島が世界遺産に登録されるなど、先進国や島国では、動植物への対応も早くからなされてきましたが、日本は、先進国で島国なのに生態系への配慮が非常に遅れています。まず、日本で生態系破壊という言葉を耳にするようになったのは、1970年代の光化学スモッグやヘドロなどの公害問題がピークの頃でしょう。

  • 外来生物法の矛盾
  •  魚やカメ・リスより遥かに大きく目立つアライグマの繁殖は、加速度的に外来生物問題を浮上させたと言えます。勿論、研究者や専門家の方々は、外国から輸入されてくる動植物が日本の生態系を崩す事に危機感を感じ続け、政府に働きかけてきたことと思いますが、アライグマの野外繁殖により市民から被害や苦情があがった事を受けて、一気に外来種法策定に拍車がかかったように思います。

     日本政府は、1992年に生物多様性条約に締結しても、何ら自国の自然環境を守るために策を講ずることはなく、海外からの輸入は大通りのまま10年以上放置し、重い腰を上げたのは、結局、被害や苦情の増加でしかなかったということです。そして作られた法律が、動物・植物・昆虫まで全て同じ枠に押し込んだ「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」です。

     この法律で規制された生物は、世の中が一変したと言えるでしょう。飼育の継続は許可を得れば可能ですが、飼育施設要件を満たさなければなりませんし、移動するにも許可が必要となり、動物の場合でも散歩すらできなくなり、新たな愛玩飼育も禁じられました。しかし、この法律の大きな矛盾点は、野外繁殖が認められ在来種を危機に陥れていると言われ続けてきたミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)が、未だに規制対象外であることです。これは規制した場合に、あまりにも多くの人が飼育しているために行政での対応できないからではないかと想像しています。この法律では、まず輸入だけの禁止や繁殖の禁止という段階的な措置がありませんし、国内で野外繁殖が懸念される規制対象種を増やしていくという方法(ブラックリスト方式)ですから、見落とされればそれまでです。少なくとも、ペット用や観賞用に輸入する生物については、確実に危険のないものだけの輸入(ホワイトリスト方式)にするべきです。

     人が過ちを犯してしまうことを100%防ぐことはできません。そして、人が自身の犯した過ちを正す時は、悔恨の情を持ち、迷惑を与えた相手に出来る限りの配慮を行なうべきでしょう。しかし、外来生物法での対処は、野外で増えた生物の駆除・根絶でしかありません。それは命を奪うことです。人間の意図の有無は関係なく人が持ち込んだ事に変わりなく、持ち込まれた生物が移住を望んでいなかったことだけは明らかです。持ち込まれた生物こそが被害者なのですが、『害を及ぼす』として安易な殺され方をしています。

    外来魚の駆除対策として琵琶湖(滋賀県)では「外来魚駆除の日」として外来魚駆除釣り大会を行い「外来魚回収ボックス」と「外来魚回収いけす」が設置され、主にブラックバス、ブルーギルが毎年何トンも駆除されています。回収ボックスは木箱で作られ、回収は週3回程度と書かれていました。アライグマは水に漬けて殺されたり、業者が走る車の荷台で炭酸ガスを注入して殺すことを「安楽死」とさえしています。過ちへの謝罪の念が感じられません。ブルーギルを日本に持ち込んだ今上天皇の「心を痛めています」という発言は、このような駆除方法を含めてのことかもしれません。

    本会で行なっているアライグマの譲渡事業は、費用対効果を考えれば、全く焼け石に水のような内容です。しかし、事業を続ける理由は、このような背景をもつ外来生物に対して、人は誠意を尽くさなくてはならないと考えるからに他なりません。

    2010年12月6日
    山田佐代子(会長)

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